インタビューINTERVIEW

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心臓血管外科 顧問医

佐賀 俊彦(さが としひこ) 先生

PROFILE

所属・職名
近畿大学医学部 名誉教授 心臓血管外科学
専門分野
虚血性心疾患、大動脈疾患、弁膜症、心筋症、先天性心疾患
略歴
1978年 
京都大学医学部卒業
1989年 
オーストラリア Royal Children's Hospital, Austine Hospital 勤務
1998年 
兵庫医科大学助教授
1999年 
笹生病院心臓センター長
2001年 
近畿大学医学部 心臓血管外科学 教授
2019年 
医療法人大植会 葛城病院 名誉院長・理事

佐賀先生はなぜ心臓血管外科医を志されたのでしょうか。

はっきりとしたきっかけはなく、本の影響を受けたりして、ぼんやりとなりたい夢ってありますよね。文系も得意で歴史にも興味はあったのですが 小さいころからの医師になりたいという気持ちが少しずつ大きくなって、それが叶った、といったところです。一族には医師がいませんでしたので、医師の世界について何ひとつ知りませんでしたが、高校生ころには漠然と"医師は自分が独立した力をもって仕事ができる"という意識はありました。

外科を志したのは、不純なところもあります。内科に比べて実技さえつめば 細かい勉強をたくさんしなくても良いのではと思いましたので(笑)。その中 で心臓外科を選んだのは、心臓外科が身体の能力を上げる、つまり心臓の機能 を良くするための外科だったからです。当時、がんは手術をしても予後が芳し くなく、必ず身体の能力が低下していました。悪い部位を切り取って生き残ったとしても呼吸の苦しさが増したり、食事ができにくくなったり。一方で心臓 外科では、手術で部位を切り取ってしまうことなく、心臓の能力をよくして息 苦しかった人が楽になったり、胸の痛みが取れたりできるのです。

心臓の手術は、手術中に不具合があると、すぐに動かなくなって死に直結するので、ごまかしがきかないというのか、それをどう切り抜けるのか、という点に難しさがあります。反面、喜びも多いです。私が心臓外科医になった頃は 小児の手術が多かったのですが、呼吸が苦しそうだったり、チアノーゼといって顔色が悪い子供たちが、手術をきっかけに回復していく過程にやりがいを覚えましたね。また、心臓の手術では、心臓を一旦止めて手術をすることが多いのですが、止まっていた心臓が"再び動き出す"瞬間は、命が戻ってくるようであり、何回手術をしても、ほっとした気持ちになります。その瞬間に立ち会えるのは、心臓外科医にしか味わえない醍醐味だと思います。

教授になられるまでには、どのようなターニングポイントがありましたか。

近大病院は先天性の心臓病手術において、当時、関西のトップ2を走っていて、私はその勉強をしたくて京都大学を卒業後、近畿大学に来ました。その後に留学したオーストラリアでの2つの病院での経験は、とても今に生きています。
1つ目はメルボルンの王立こども病院でしたが、そこの心臓血管外 科で一年間ほどトレーニングを積んで、目から鱗が出るほど勉強になりました そこで師事した先生に、心臓血管外科医としての考え方や手術の組み立て、姿勢を叩き込まれたのです。
2つ目の病院では約1年半にわたり、特に冠動脈バイパス手術という狭心症の手術の勉強をしました。近大から「今後、子供の心 臓手術はこども病院に集約され、大学病院での手術症例は減ってくるから、大人の手術の勉強をしてきなさい」という連絡があって病院を移ったわけですが、そこの先生にはバイパス手術のテクニックを学びました。今でもその技術がもとになっています。
2つの病院の先生方に、心臓血管外科医としての基礎と技術をそれぞれ学ぶことができ、振り返ればラッキーな巡り合わせだったと思います。

帰国後もチャンスに恵まれましたね。私の人生は結果オーライです。近大病 院は後発の大学病院でしたので、同じ京都大学の卒業生の中でも留学のタイミングが遅く、当初はそれが焦りにありました。留学したのが37歳、帰国したのが39歳です。しかし、ちょうど帰国後に留学で学んだことを現場で生かす機会が多くありました。せっかく海外で臨床を経験したのに、帰国後は何年か塩漬けになって、そのまま腕を落としてしまう医師がたくさんいる中で、帰ってきてすぐに執刀医を任されたこと。それは、医師として大きなターニングポイントになりました。

佐賀先生が医師として最も大事にしていることをお聞かせください。

手術に関しては安全管理・品質管理に尽きます。普通の企業と一緒で す。例えでよく言うのですが、ロケットで安全性能高めるには、部品を少なく しなければいけませんね。部品が多くて点検項目が増えると故障率が上がりま すから。手術も同様で、工程を合理的に単純化し再現性を持たせる、つまり、 繰り返し同じ結果になるようにすることがすごく大事になります。私は"スー パードクター"ではなく"アベレージヒッター"でありたいです。安全管理が最優 先で、とんでもないことはしませんので100点の手術をあまりやったことがな いのですが、90点以上の手術をコンスタントにやってきたという自負はあります。
医療哲学でいうと、私の部屋に古代ギリシャで書かれた「ヒポクラテスの誓い」を掲げていて、それを目指しています。人の命を尊重する、それを自分の 天職にして生涯を捧げる、という思想が素晴らしいのです。自分が努力して命 が救える、心臓血管外科医であれば命がコントロールできる...、そんな喜びを 味わわせてもらっている限りは、患者さんのために色々な形で貢献していきたいと思っています。

ご専門の心臓の病気についてお伺いします。心臓疾患は日本人の死因 でがんに次ぐ2位ですが、その傾向についてご教示ください。

心臓疾患の年間罹患数は170万人強、死亡者数は年間約20万人で増加 傾向にあります。一番の原因は高齢化です。しかし、年齢を加味した調整死亡 率で見ると下がっています。なぜかというと、若年層でなくなる方が激減して いるからです。心臓疾患で非業の死を遂げる若い患者さんが減って、80歳以上 になった方がそれなりに大養生する、哲学的な問題を含みますが、私はそれは それでいいと考えます。

心臓疾患には心筋梗塞、狭心症、心筋症などがありますが、それぞれ の疾患の特徴について教えてください。

心筋梗塞と狭心症は、背景は同じ動脈硬化性の病気で、心臓へ血液を 送る冠動脈の血流が悪くなる病気です。例えば、駅の階段を一気に上るとか、 体に負荷のかかる運動をしたときに、胸の痛みや苦しみが安静にすると治まる のが狭心症、治まらないのが心筋梗塞に限りなく近い状態と考えていただくと 分かりやすいと思います。心筋梗塞は狭心症がひどくなった病気かというと、 背景は一緒ではあるものの、ひとまとめにはできません。成り立ちが多少違い ます。狭心症の人は血管の内幕にコレステロールが溜まったりして、痛みやす くなっています。そこに傷がついて、血液の固まりができて血液が止まってし まい、心臓の筋肉が腐った状態になる、これを心筋梗塞と言います。狭心症は 完治が可能ですが、心筋梗塞は後遺症が残ってしまいます。

心筋症は、心臓の筋肉が分厚くなったり、あるいは薄くなったりするという 病気です。それ自体への治療法は基本的にはありませんが、末期的な心不全に なると、心臓移植やその前段階の人工心臓を装着する対象になります。 加えて、近年注目を集めている疾患に不整脈があります。その理由は、例え ば心房細動というタイプの不整脈は、自覚症状はほとんどなくても、治療せず に放置していると脳梗塞を引き起こしやすくなる場合があるからです。これは 比較的早く見つけられるので、定期検診がものをいいます。

心臓疾患の予防・予知のために、行うべきことはありますか。

高血圧や糖尿病、喫煙、生活病などのリスク因子が多ければ多いほど 有病率が高くなることは明らかなので、まずはリスク因子を取り除くことが先 決です。また、心臓疾患の検査で大切なのは、安静時ではなく、運動負荷時に どのような症状を起こすのかをみることです。普通の心電図や心エコーでも検 出されない場合がありますので「運動負荷心電図検査」を推奨しています。た だし運動負荷をかけることは、患者さんにとっては負担になります。安全性が 高いのは自転車ですが、何らかの形で運動負荷を与えないと100%客観的に評 価することは難しいです。

心筋梗塞、狭心症の治療法は、どのようにして決まるのですか。

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患者さんの全身や冠動脈の状態などを総合的に判断して決定されます まず、薬物治療で緩和される可能性があるのは、重症じゃない病変、もしくは ある箇所だけ症状がある場合です。症状緩和を目的に、硝酸剤という薬剤を 使って行います。
あとは、進行を抑える、遅らせることを目的に、血小板凝集 抑制剤を使って治療します。また、ある箇所以上、もしくは冠動脈の根元が狭 くなっている場合は、カテーテル治療が第一選択肢です。

冠動脈バイパス手術する場合というのは、近年ガイドラインでコンセンサスが決まっています。まず、左主幹部疾変といって、左右の冠動脈のうち、左の 冠動脈の一番根元に狭窄がある場合は、手術が絶対適用になります。世界的な ゴールデンスタンダードです。時折、循環器内科の先生でカテーテルでできる という方もいますが、誤った判断です。次に三枝冠動脈病変といって、冠動脈 にある枝の状態が悪い場合、あるいは3カ所ある枝のうち状態が悪い枝の数に 応じて、専門的なグレード評価でスコアが決定され、スコアが低いものはカ テーテル治療、高いものは手術が選択されます。手術の方がカテーテル治療よ りも患者の負担が大きいのですが、効果の確実さが高いです。以前は欧米に比 べるとカテーテル治療を選ぶ比率が圧倒的に高かったのですが、近年は日本の 循環器学会でもガイドラインが登場し、冠動脈バイパス手術にまわす比率も増 えてきています。

日本は心臓を動かしたまま手術を行う「オフポンプ冠動脈パイパス手 術」が主流である一方で、アメリカではほとんど行われていないそうですが、 その違いは何でしょうか。

世界中でオフポンプ手術が高率なのは日本とインドです。インドで多 い理由としては、オンポンプに比べると物品や設備のコストが抑えられること が影響しています。そうすると先進国の中で、オフポンプ手術の割合が極めて 高いのは、日本くらいになります。日本の場合、冠動脈パイパス手術のうち6 割がオフポンプ手術です。それに対し、欧米は、心臓を止めて人工心肺装置を 使うオンポンプ手術が8~9割で選択されています。それぞれにメリット・デメ リットはありますが、私の経験では、オフポンプでしか恩恵が受けられる症例 はそれほどないのが正直なところです。

欧米との違いがあるのは私たち世代の弊害かもしれません。日本の場合は心 臓外科のある病院が多すぎるので「うちはあれもできる、これもできる」と競 争が起きるのですが、それを競ったのが私たちの世代です。そのときはオフポ ンプ手術ができるというのが重要とされて急速に普及し、若い世代も抵抗なく 受け入れてオフポンプ手術が定着したという流れがありました。近大病院のオ フポンプ手術は3割で日本国内の傾向とは異なるのですが、それはオフポンプ、 オンポンプの特徴を理解したうえで術式を選んでいるためです。この手術で最 も大切なことは、合併症がなくバイパス血管を吻合できていることですから。

心臓手術は、ほかの治療法に比べて体の負担が大きくなりますが、低 侵襲化は進んでいるのでしょうか。その現状や課題についてお聞かせください。

これは急速に発達していて、近大病院でも6cmほどの切開でできます。 特に女性の方は、美容上見た目を気にされる方が多いですし、痛みが少なく患 者さんの体にかかる負担も少なくて済むこと、合併症が少なく比較的早い回復 がみられるのがメリットです。しかし切開する範囲が小さければ小さいほど、 これまで以上に安全確保が求められます。その範囲で見えることが大切ですか ら、鏡視鏡、内視鏡といった光学装置への設備投資も必要となりますし、切開 部分を小さくすることで技術的な落とし穴が生じやすいので、教育の徹底も必 要ですので、どこででもできる手術ではありません。

加えて、近大病院ではロボット支援下での心臓手術も始めています。ロボッ トでの心臓手術も保険適用となりましたので、これから増えていくと思います が、さきほどのオフポンプの話と同じ様に、病院間の競争のためにコストがか かるロボット手術があちこちで行われることのないよう、厚労省が基本方針を 定めて実施できる施設を限定しています。我々のような設備や教育体制が整っ た病院のみが認定される仕組みになっています。ロボット支援下での心臓手術 のメリット・デメリットはこれからの課題ですが、大事になるのはマイナス面 が出た時でも、それがフィードバックされてレベルを上げることだと思います。

心臓疾患において今後有望な治療法はありますか。

拡張型心筋症の末期の方の治療のスタンダードは心臓移植であり、その前段階では補助人工心臓を装着します。
ところが、実際に心臓移植を行うには補助人工心臓を植えてから今は5年待機しなければならない...。心臓の提供者がなかなかいらっしゃらないのです。補助人工心臓の現在の適応は心臓移植の待機登録をした患者さんで、移植までの橋渡しとしてしか使用できませんが、ますます移殖の待機患者が増えるようであれば、補助心臓を最終目的のために 装着することが認められるかもしれません。
ですが、厚労省が認可を渋っているのは、ものすごく医療費がかかるからです。心臓移植の適応をとれることが 数を絞る歯止めになっているのですが、それをなくすと一人当たり何千万円という医療費がかかってしまうのです。心臓移植までいけない人が増えているの で必要度は高いのですが、難しいところですね。

4月より大学教授をご退任されますが、今後、先生が特に取り組んで いこうとされていることをお聞かせください。

この専門領域でサポートできることはしていきたいですが、もう第一 線に立つことはないでしょう。一般企業でも社長が「俺の会社」と言ってずっ と居座ったら、会社は発展しませんから。次のステージでは、いわゆる普通の お医者さんになりたいとういうのを夢として持っています。普通の医者といっ てもトレーニングを積んでさまざまな領域を診る能力が必要です。これまでは 心臓の手術という限られた範囲の仕事でしたので、すぐになれるわけではあり ませんが、幸いにして期待してくれている人もいて、挑戦したいと思っていま す。

最後に、関西メディカルネットの会員の方々へメッセージをお願いします。

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健康管理の基本は自己責任です。生活習慣の改善あるいは検診を受けることも誰かがやってくれるわけではありません。
今、働き方改革も言われていますが、健康を守るということは生活を律することからつながっていますので、自分の責任において、生活を見直していただけたらと思います。

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