健康コラム

インタビュー

<第2部>陽子線治療のしくみ

「陽子線治療の特色と今後の展望について」

お話/玉村裕保先生(福井県立病院 陽子線がん治療センター長)
日 時/2017年3月7日(火)
場 所/福井県立病院 陽子線がん治療センター センター長室
参加者/藤田 浩(株式会社関西メディカルネット 代表取締役社長)
    吉野 仁(同社 営業部 副部長)
    金 敦子(メディカルライター)
    長谷川千美(株式会社ヤップ ディレクター)


<第2部>陽子線治療のしくみ


[藤田] がんの局所療法であるとともに、集学的治療に欠かせない放射線ですが、その未来形といわれる陽子線とはどのようなものですか?

[玉村] 医療で使う放射線には、光子線(X線・ガンマ線)と粒子線(陽子線・重粒子線)があります。一般によく使われるX線は、懐中電灯で照らすように体の表面に強くあたり、腫瘍に近づくにつれ照射時の線量が落ちていくため、体に入る放射線よりも低線量が腫瘍に当たり、その後、体を突き抜けます。光の矢が落ちかけのときに的に当たる感じですね。一方、陽子線は体の表面は低い線量のまま通過し、腫瘍のところでピンポイントに強く照射することができます。陽子線は体内の任意の距離で止めることができるので、腫瘍に一致して止めることにより、腫瘍のみに強く放射線(陽子線)を当てることが可能で、腫瘍の周囲や後方にある正常部位への被曝はほとんどありません。また陽子線治療を腫瘍の形に正確に合わせこむことが容易にできる自由さもあります。つまり、陽子線治療ではがんの周りへの影響を抑え、がんだけを狙えるため、より強い治療ができ、がんを治す効果が高まるのです。X線は光の矢で射ぬくような治療といわれるのに対し、陽子線は散弾銃で撃つような治療であると表現されます。

[藤田] 同じ放射線の仲間ですのに、陽子線はある位置で止めたりできるとは不思議ですね。

[玉村] 陽子線の原理は、イギリスの物理学者であるウィリアム・ヘンリー・ブラッグが1903年に発見しました。粒子線(陽子線)は光と異なり質量と荷電を持ちます。従って、陽子線を体内へ入射する速度を変えることにより、体内で陽子線を止める場所(深さ)をコントロールすることができます。また、粒子線による細胞を殺す力(線量)は、粒子が体内で停止する位置で最大になるという物理的な特性があります。これをブラッグピーク(ブラッグ曲線)といいます。

[藤田] 陽子線は水素を材料とするのですね。

[玉村] 水素ガスをプラズマ化して陽子を取り出し、直線加速器とシンクロトロンで加速し、1秒間に地球を4周するほどの速さにしてがんにぶつけます。

[藤田] 同じ粒子線の仲間の重粒子線も似たような性質ですか?

[玉村] 重粒子線は炭素の原子核によって作られます。炭素原子核は陽子よりも質量が約12倍、電荷は6倍大きいので、DNAの2重らせんをより切断する力を持ちます。したがって、炭素線はがん細胞を殺す力が陽子よりも大きいのです。このため陽子線よりも炭素線では照射回数を減らせるがんもあります。しかし照射できる方向が限定されるため、自由に狙いたい角度からあてにくい、照射装置が動かせないので患者さんの方を傾けないといけない、など陽子線に比べて自由度が低くなります

[藤田] 粒子線治療と「IMRT」と呼ばれる高精度なX線治療との比較ではいかがでしょうか?

[玉村] IMRTはコンピュータで精密なシミュレーションを行い、腫瘍の形状に合わせX線の強度を調整し、最適化した線量分布になるように多方向からX線を照射する治療法です。腫瘍に集中して照射するので、正常細胞への影響を最小限に抑えることができますが、その影響はゼロではありません。それを、たとえれば影響の出る限度を10としたら9までに抑えるとか、そういう具合にコンピュータが計算して、線量分布を割り出すのです(逆方向治療計画)。つまり、低線量を周囲にばらまきながら、局所にスポットライトのように強く放射線を集めるというやり方ですね。こうしたIMRTももちろん効果的ですが、私のところに来られた患者さんには、必ずすべての放射線療法を説明し、選択を委ねます。特に子どもさんの場合は、低線量であってもそこから将来、二次がんになるリスクがあります。このため小児がんの子どもさんのお母さんは、「絶対陽子線が良い」と言われますね。平成28年に小児に対する陽子線治療が公的保険の適応となったことは本当に良かったと考えています。

[藤田] 玉村先生が手がけておられる陽子線治療について詳しく教えてください。

[玉村] みなさんがもっとも知りたい陽子線治療の効果からご説明しましょう。頭頸部がんを例にしますと、たとえば舌の付け根に大きな腫瘍、口腔底がんがあった場合、手術をするとなると顔の下半分を取らないといけないことになります。それは誰でも嫌ですよね。そうした患者さんの場合、抗がん剤の動脈注入術(腫瘍動脈から直接腫瘍へ抗がん剤を注入する方法)と併用して下顎部分に陽子線をあてることで、がんが完治することが期待できます。実際、食事やしゃべるといったことが、治療後も普通にできています。
食道に大きながんがあった患者さんの場合、これをX線で完治できるかというと、副作用の問題もありたぶん無理だと思われます。ぴたりと腫瘍に止めることができる陽子線だから、周囲の心臓などへの影響を抑え食道がんへ強い線量を照射でき、完治できるのです。
肝臓がんも同様で、消化管の近くに腫瘍があるとX線をあてるのが難しい場合もあるのですが、陽子線なら止められるので、消しゴムで消したようにきれいに治すことができました。

[藤田] こうして事例を写真で拝見すると、その効果は歴然ですね。

[玉村] 日本で最も陽子線治療の歴史の長い、筑波大学付属病院陽子線治療センターの実績はもっとすごいですよ。肝臓がんの奏効率(がんが縮小、消滅した割合)が91%もあるのです。他の医療機関では数ヵ月しか生きられないと言われた人が、平均で22ヵ月延命したと聞いています。それは少し前のデータに基づくものですから、現在ではもっと長く生きている人もいることでしょう。こうしたことからも、陽子線治療の有効性を改めて実感しました。

[藤田] それは陽子線だけの治療ですか?

[玉村] そうです。抗がん剤などの併用も行わなかったようです。

[進行] さきほど写真で拝見した食道がんに対する効果は、まるで手品を見ているように見事でしたが、あのような大きな腫瘍がすっかり消えてなくなるのですね。驚きです。

[玉村] あの患者さんの腫瘍は水も飲めないぐらいの大きなものでしたが、陽子線治療をして2ヵ月後には、きれいにがんが消滅しました。肺がんへの陽子線治療の効果も高いですね。当センターでは、この2年で陽子線治療を受けた患者さんの、実に90%の腫瘍に治療効果が表れています。肺がんについては、75歳以上の方の治療成績を調べてみました。手術をした人、陽子線治療をした人、X線治療をした人。この場合のX線治療は「動体追跡体幹部定位照射」といって、呼吸などで動くがんに対してピンポイントに照射する方法で、福井県立病院はこの治療を得意としています。これら3つの治療法を受けた計159人の成績を追跡したところ、5年生存率がまったく同じでした。手術をして肺を切除した人も、外来で陽子線治療をした人も、入院して動体追跡体幹部定位照射をした人も、すべて同じ結果だったのです。陽子線治療は手術に匹敵するほどのシャープな治療ではないかと思います。

[藤田] 陽子線治療が外来で済むということは、従来のX線より低侵襲というわけですね。高齢者の方によりやさしい治療と考えてよろしいですか?

[玉村] 太陽の光は放射線の一種ですが、たとえば3世代の家族で海水浴に行ったとして、一番日焼けするのは誰だと思いますか? それは、子どもです。反対に、一番日焼けしにくいのがお年寄りです。つまり、高齢者は放射線の影響を受けにくいので、放射線療法に向いているといえます。放射線には副作用があるから心配だという声をよく聞きますが、従来のX線に比べ、陽子線は副作用が少ないことは確かです。なぜならX線に比べて余分な線量を浴びずに済むからです。こうして、副作用の面から考えても、陽子線は高齢者に適した治療といえるでしょう。たとえば、90歳の高齢者の方が手術を希望されても、ほとんどの場合、「体力的に無理」と断られるはずです。でも、陽子線なら大丈夫。当センターでは、これまで行った陽子線治療の最高齢は94歳で、先日も91歳の方を治療しました。入院の必要がない点も喜ばれています。

[藤田] 薬物療法も、高齢の方にはつらいし、体がもたないかもしれませんね。

[玉村] 陽子線治療ができないほどの状態の患者さんの場合は、他のどの治療もできないのではないかと思います。副作用は陽子線治療でもありますが、体に一番やさしい治療の1つが、陽子線治療ではないかと考えられます。ただ、ちょっと未来的な印象を持たれている治療法なので、まだまだ十分に認知されていないのが残念です。過去にX線治療を受けている方だと、陽子線治療ができないのですから、先にそれをやっておけばと悔やまれるケースも少なからずあります。そんなふうに後悔されないためにも、陽子線治療についてもっと知っていただきたいと思うのです。

[藤田] 一生で1度きりのチャンスですものね。

[玉村] 組織が耐えられる放射線量は決まっています。陽子線も放射線の仲間なので、安全性を考えると1つの場所への照射は、陽子線治療であってもX線治療であっても、原則的に一生で1度きりと考えたほうがいいでしょう。